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がん治療を「決められない」のは、あなたのせいではありません|広島市南区のがんサバイバー外来|うじな家庭医療クリニック

がんと診断され、手術や抗がん剤治療を勧められた。頭では「それが最善だ」とわかっている。それでも、副作用や痛みへの不安から、同意書にサインができない。

そうやって立ち止まってしまう方は、決して珍しくありません。当院のがんサバイバー外来には、そうした状態のまま行き場を失った方が来られることがあります。

この記事では、なぜ「決められない」という状態が起きるのか、そしてそのときに何をしてはいけないのかを、できるだけ正確にお伝えします。

まず、いちばん大切な前提から

標準治療が、現時点で最も確実にあなたの命を守る方法です。

これは動かしようのない前提として、最初にお伝えしておかなければなりません。手術・薬物療法・放射線治療という標準治療は、多くの患者さんのデータの積み重ねによって「最も生存率が高い」と確認された治療のことです。「並の治療」という意味ではありません。

そして、がん治療には時間的な制約があることも事実です。乳がんを含む複数のがん種を対象とした大規模な解析では、治療開始が遅れるほど死亡リスクが上昇することが報告されています(Hanna TP, et al. BMJ. 2020)。主治医の先生が「早く決めてください」と言われるのは、この事実を知っているからです。

ですから、この記事は「治療を先延ばしにしてもよい」とお伝えするものではありません。むしろ逆です。

「決められない」のは、性格や意志の弱さではありません

医療の世界には、意思決定葛藤(decisional conflict) という言葉があります。

これは、次のような条件がそろったときに生じる状態を指します。

  • 選択肢について十分な情報が得られていない
  • 自分にとって何が大切なのか(何を優先したいのか)が整理できていない
  • 決断を一緒に考えてくれる人がそばにいない
  • 決断へのプレッシャーを感じている

つまり、意思決定葛藤は性格の問題ではなく、環境によって生じる状態です。そして環境によって生じるものである以上、環境を整えれば改善します。医学的には「介入可能な状態」として扱われます。

決められないまま時間だけが過ぎているとき、必要なのは「もっと強く決断を迫られること」ではありません。情報を整理し、自分が何を怖がっているのかを言葉にし、それを一緒に考える相手を持つことです。

突き放されたあとに、何が起きるか

ここからが、この記事でいちばんお伝えしたいことです。

決断できない患者さんが医療から切り離されたとき、多くの場合、その方は「何もしない」状態にはとどまりません。不安を抱えたまま情報を探し、科学的な根拠に乏しい自由診療や食事療法にたどり着いてしまうことがあります。

その先に何が起きるかについては、データがあります。米国の大規模なコホート研究では、補完代替医療を選択した患者さんは標準治療を拒否する割合が高く、その結果として死亡リスクが有意に高くなることが示されました(Johnson SB, et al. JAMA Oncol. 2018)。

重要なのは、この研究が示しているのは「補完代替医療そのものが直接害を与えた」ということではなく、標準治療から離れてしまったことが予後を悪化させたという点です。

そして、私たち医療者の側から見ると、こういうことになります。診察室から患者さんがいなくなった瞬間、私たちはその方の病状に一切関与できなくなる。半年後、一年後にどうなっているかを知ることすらできません。

だからこそ、迷っている方には医療とのつながりを切らないでいてほしいのです。

当院のがんサバイバー外来でできること

当院は総合病院ではありませんので、手術や強力な抗がん剤治療を担当することはできません。それでも、できることがいくつかあります。

1. 治療の内容を、時間をかけて整理する

限られた外来時間では聞ききれなかったこと、聞くのをためらったことを、あらためて整理します。副作用は具体的に何が、どのくらいの確率で起こるのか。それは対処できるものなのか。誤解にもとづく恐怖であれば、正確な情報がそれを小さくすることがあります。

2. 病理結果によっては、選択肢が複数ある場合があります

たとえば乳がんの場合、ホルモン受容体陽性のタイプ(ルミナルタイプ)では、内分泌療法(ホルモン療法)から治療を開始するという選択肢が検討できることがあります。術前内分泌療法の有効性は複数の臨床試験で検討されており(ACOSOG Z1031 ほか)、COVID-19流行期には手術を延期せざるを得ない患者さんへのブリッジ治療として、国内外の学会からも位置づけが示されました。

ただし、はっきりとお伝えしておかなければならないことがあります。これは、標準治療の代わりになるものではありません。 根治性という点で手術や薬物療法に及ばない選択であり、すべての方に適応があるわけでもありません。あくまで「気持ちが固まるまでの時間を、医学的に許容できる範囲で確保する」ための手段です。

適応があるかどうかは、病理結果と病期によって決まります。ご相談いただければ、正直にお答えします。

3. 気持ちが固まったら、総合病院へお返しします

これが、この外来のゴールです。

当院が治療を抱え込むことが目的ではありません。迷いが整理され、治療を受ける決心がついたときに、速やかに総合病院へご紹介する。そのための時間をお預かりしている、という位置づけです。

ご家族へ

このような状況で、ご本人以上に苦しまれるのがご家族です。

「早く治療を受けてほしい」という気持ちと、「本人の気持ちを尊重したい」という気持ちの間で板挟みになります。説得すればするほど本人が頑なになる、という経験をされた方も多いのではないでしょうか。

ご家族だけでのご相談も承っています。ご本人が受診に至る前の段階で、どう関わればよいかを一緒に考えることができます。

受診をお考えの方へ

当院のがんサバイバー外来は、主治医の先生の治療方針を否定するための場所ではありません。むしろ、その方針をどうすれば受け入れられるかを一緒に考えるための場所です。

現在通院中の医療機関がある方は、可能であれば診療情報提供書や検査結果をお持ちください。病理結果(ホルモン受容体、HER2、Ki-67 など)がわかると、より具体的なお話ができます。

がんの診断を受けてから治療が始まるまでの時期は、人生でもっとも心細い時間のひとつです。ひとりで抱えずに、一度ご相談ください。


うじな家庭医療クリニック
広島県広島市南区宇品東6-2-47
TEL 082-256-4500
診療科目:内科・小児科・がん薬物療法・在宅診療

※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個々の患者さんの治療方針を示すものではありません。治療の判断は、必ず主治医とご相談のうえ行ってください。

監修:瀬尾卓司(がん薬物療法専門医・家庭医療専門医・総合診療指導医)