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【乳がん検診の新常識】〜「リスクに応じた検診」で過不足のない検査を〜

今回は、202512月に世界的な医学雑誌「JAMA」に発表された画期的な研究「WISDOM試験」についてご紹介します。この研究は、乳がん検診の「これまでの常識」を大きく変える可能性を持っています。

この研究が重要な理由

乳がんは女性のがん死亡原因の上位を占める重要な疾患です。日本でも「40歳から2年に1回のマンモグラフィ検診」が推奨されていますが、

  • リスクの低い方には検査が多すぎる(不要な被ばくや偽陽性による精神的負担)
  • リスクの高い方には検査が足りない(見逃しのリスク)

という課題がありました。「一律の検診」ではなく「その人に合った検診」ができないかそれがこの研究の出発点です。

WISDOM試験とは

【対象者】米国50州から28,372人の4074歳の女性

【観察期間】中央値5.1

【比較した2つの方法】

  1. 従来の年1回検診グループ:40歳から毎年マンモグラフィ
  2. リスクベース検診グループ:遺伝子検査と臨床リスクモデルに基づき、個人のリスクに応じた検診間隔を設定

「リスク」とは何を指すのか?評価の3本柱

WISDOM試験では、以下の3つの要素を組み合わせて個人の乳がんリスクを評価しました。

臨床リスクモデル(BCSC version 2

米国のBreast Cancer Surveillance ConsortiumBCSC)が開発したリスク評価モデルで、以下の臨床的因子を統合してリスクスコアを算出します:

  • 年齢
  • 乳腺濃度(マンモグラフィで評価:脂肪性/散在性/不均一高濃度/極めて高濃度)
  • 初経年齢12歳未満、12-13歳、14歳以上)
  • 初産年齢(未産、20歳未満、20-34歳、35歳以上)
  • 過去の乳房生検歴
  • 異型乳管過形成(atypia)の既往
  • 乳がんの家族歴(第1度近親者・第2度近親者の有無)

高浸透率遺伝子変異(9遺伝子パネル検査)

以下の9つの遺伝子に「病的変異」があるかどうかを検査しました。これらの遺伝子に変異があると、乳がんの生涯リスクが大幅に上昇することが知られています:

  • BRCA1(乳がん・卵巣がんリスク遺伝子)
  • BRCA2(乳がん・卵巣がんリスク遺伝子)
  • TP53Li-Fraumeni症候群関連)
  • PTENCowden症候群関連)
  • CDH1(遺伝性びまん性胃がん症候群関連)
  • STK11Peutz-Jeghers症候群関連)
  • PALB2BRCA2関連タンパク質)
  • CHEK2(細胞周期チェックポイント関連)
  • ATMDNA修復関連)

これらの遺伝子に病的変異が見つかった場合、自動的に「最高リスク」カテゴリーに分類されます。

ポリジェニックリスクスコア(PRS

上記の高浸透率遺伝子とは異なり、個々の影響は小さいものの、多数の遺伝子変異(一塩基多型:SNP)を組み合わせることで遺伝的リスクを定量化する方法です。

WISDOM試験では、75126個のSNPを組み合わせてスコアを算出しました。研究期間中に解析技術が向上し、より多くのSNPを含むスコアへと精度が改善されています。

このスコアにより、「BRCA変異はないが、複数の小さなリスク因子が積み重なって高リスクになっている」という方を同定できます。

リスクカテゴリーと推奨検診内容

上記3つの評価を統合し、以下の4つのカテゴリーに分類されました:

カテゴリー

分類基準

推奨される検診

最高リスク

5年リスク≥6%、または高浸透率遺伝子変異あり

6か月毎にマンモグラフィとMRIを交互に実施+リスク低減カウンセリング

高リスク

年齢別の上位2.5%のリスク

40歳から毎年マンモグラフィ+リスク低減カウンセリング

平均リスク

50歳以上で5年リスク<6%かつ上位2.5%未満

50歳から2年毎のマンモグラフィ

低リスク

40-49歳で5年リスク<1.3%

50歳またはリスク上昇まで検診不要

5年リスク」とは、今後5年間に乳がんを発症する確率のことです。

実際の参加者の分布

リスクベース検診グループの参加者は、以下のように分類されました:

  • 最高リスク:2%
  • 高リスク:8%
  • 平均リスク:63%
  • 低リスク:27%

つまり、約9割の女性は「平均」または「低」リスクに分類され、より少ない検査で済む可能性があることがわかりました。

研究結果:リスクベース検診は安全

【主要な結果】

  • 進行がん(ステージIIB以上)の発見率は、リスクベース検診が年1回検診に「劣らない」ことが証明されました
  • リスクベース検診グループ:21例、年1回検診グループ:31
  • 特筆すべきは、最高リスクグループではステージIIB以上のがんが0例だったこと
  • 生検(組織検査)の回数は両グループで同程度

【副次的な結果】

  • 低リスクの女性では、マンモグラフィの回数が大幅に減少
  • 高リスクの女性では、予防的治療の受け入れがほぼ2倍に増加

この研究が示すもの

この研究は、「一律の検診」から「個別化された検診」への移行が安全かつ効果的であることを示しました。

【低リスクの方へ】

毎年の検診に伴う負担(被ばく、偽陽性による不安、追加検査など)を減らせる可能性があります。

【高リスクの方へ】

より手厚い検診と早期からの予防的介入により、がんの早期発見・予防につながる可能性があります。

注意すべき点

この研究にはいくつかの限界もあります:

  • 参加者の多くが大学卒で白人女性であり、日本人を含む多様な人種での検証が必要
  • ポリジェニックリスクスコアは主に欧米人のデータに基づいており、日本人への適用には更なる研究が必要
  • 推奨された検診スケジュールの遵守率が十分でなかった

当院からのメッセージ

当院では、がん専門外来を通じて乳がんを含む様々ながんの相談に対応しています。

「自分は乳がんのリスクがどのくらいあるのか」「家族に乳がんの人がいるけど、遺伝子検査を受けるべき?」「検診をどの程度受けるべきか」といったご質問に対して、ご家族の病歴や生活習慣などを踏まえたアドバイスをさせていただきます。

今後、日本でもリスクに応じた乳がん検診が導入される可能性があります。最新の医学知見を取り入れながら、一人ひとりに最適な検診・予防の形を一緒に考えていきましょう。

乳がん検診や遺伝的リスクについて気になることがあれば、お気軽にご相談ください。